東京高等裁判所 昭和43年(く)95号 決定 1968年8月03日
少年 T・T(昭二六・四・二生)
主文
原決定を取り消す。
本件を新潟家庭裁判所に差し戻す。
理由
本件抗告の趣意は、少年作成名義の抗告申立書に添付された「抗告理由」と題する書面に記載してあるとおりであり、これを要するに、原決定の処分が著しく不当であるからその取消を求めるというにある。
しかし、まず職権をもつて調査するに、原決定書によれば、原決定が本件少年の「罪となるべき事実」として摘示するところは、1昭和四三年三月○○日の新潟市○○××番地○川かまぼこ寮内における窃盗、2同年五月○日の同市△△○番○○号○巻○市方における窃盗、3同月△日の同市○○○×××番地の○藤○正○方における窃盗、4同月○○日の新潟県北蒲原郡○○村大字○町甲○、○○○番地○村○治方における窃盗、5同月△△日の新潟市○○○通××町○○○番地○田旅館における窃盗の各事実であることが認められる。しかるに、原審における審判調書の記載等一件記録に徴すれば、原審は、原審の昭和四三年少第七一四号、同第七一五号、同第七四二号事件を併合して審判したものであることが明らかであり、右第七一四号事件の検察官の送致書には本件少年の犯罪事実として司法警察員作成の少年事件送致書が引用添付され、該送致書には前記3記載の昭和四三年五月△日の窃盗、前記5記載の同月△△日の窃盗の各事実と同旨の事実のほか、6本件少年が、同月×日午後二時ころ、新津市○○町○丁目○番○○号○○荘旅館において、同旅館女中○倉○子ほか一名所有の現金二、七七〇円、がま口一個を窃取した旨の窃盗の事実が記載されている(なお、右第七一五号事件の検察官の送致事実は前記1および4記載の各窃盗の事実と同旨の事実、同第七四二号事件の検察官の送致事実は前記2記載の窃盗の事実と同旨の事実である。)ことが明らかであるから、本件においては、事際上、前記6の非行事実もまた、他の事実とともに原審における調査、審判の対象とされたものであることが容易に窺われるにかかわらず、前叙のごとく、原決定書の「罪となるべき事実と」しては右6の窃盗の事実が摘示されていないというべきである。
ところで、少年法第四六条は、保護処分の効力として、罪を犯した少年に対して第二四条第一項の保護処分がなされたときは、審判を経た事件について、刑事訴追をし、または家庭裁判所の審判に付することはできない旨規定していわゆる一事不再理の効力を認めているところ、ここに「審判を経た事件」とは、少年審判規則第三六条によつて決定書に記載すべきものとされている「罪となるべき事実」のみを指すものと解すべきことは最高裁判所判例(昭和三六年九月二〇日第二小法廷決定、刑集第一五巻第八号一五〇一頁)の判示するとおりである。したがつてたとえ実質的には審判を経た事件であつても、これが決定書に記載されるのでなければ、後日、同一事実について刑事訴追がなされ、あるいは、再び家庭裁判所の審判に付される虞なきを保しがたい。さすれば、保護処分の決定書には審判の対象となつた非行事実にして認定しうべきものは総べてこれを明記して保護処分の効力の及ぶ範囲を明確にすべきであり、その一部につき、罪とならないとか、あるいは犯罪の証明なきものとして不処分とした場合は、その旨を記録上明確にすべきであつて、然らざる場合は、たとえ一部といえどもその記載の省略は許されないものと解すべきである。しかるに本件記録によるも、原審が前記6の事実について、犯罪が成立しないとか、あるいはその証明なきものとしてとくに別異の処分をなした形跡を窺いえず、かえつて、右事実については、少年も終始これを自白し、かつ、これを補強するに足る他の証拠も存することに徴すれば、原審は右事実をも認定しながら、決定書にその記載を遺脱したものと推認され、畢竟、原決定は少年審判規則第三六条に違反したものといわざるをえず、この誤りは、前記少年法第四六条の律意に照らし、決定に影響を及ぼすことが明らかであるから、原決定は本件抗告申立人の論旨に対する判断をまつまでもなく取り消しを免れない。
よつて、少年法第三三条第二項により原決定を取り消し、本件を原裁判所たる新潟家庭裁判所に差し戻すこととして主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 三宅富士郎 判事 石田一郎 判事 金隆史)